【2020年】おせち料理で新年を祝おう!

お正月に欠かせない縁起物「門松」を飾る理由とは?

お正月になると家の門の前に飾られる門松。門松は新年の神様を迎えるための重要な役割を担う縁起物です。このページでは、門松の歴史や意味を紹介しています。

門松は神様を招き入れるアンテナの役目

一年の始まりであるお正月はその歳の家内安全と無病息災を祈念する重要なセレモニーです。お正月には門松の他にも様々な縁起物が登場しますが、その殆どが新年の神様「歳神(としがみ)」をお迎えするためのもの。

門松に使用される松は、年中色が変わらない植物であることから、歳神に対して「今年も昨年同様ここに来てください」という願いを込めて飾るものです。つまり、神様を迎えるアンテナの役割をしています。これを「依代(よりしろ)」と呼びます。

竹はまっすぐ伸びることから、人生になぞらえて「まっすぐ正直に生きる」という思いが込められています。縁起物の定番「松竹梅」の松と竹を組み合わせた門松はとても縁起がよく、お正月には欠かすことのできないアイテムとなっています

門松の歴史

門松の風習は平安末期から鎌倉時代にかけて普及したとされています。平安時代の「小松引き」という行事が変化して生まれたものと考えられています。小松引きとは、『初子の日(はつねのひ)=その歳のはじめての子の日』に外出して松の小枝を引き抜くという貴族の遊びで、持ち帰った「子の日の松」を長寿祈願のために愛好する風習がありました。

現在でも京都の旧家などでは現在でも「根引松(ねびきのまつ)」という根っこのついた若松を和紙で巻き水引で結んだものを飾る風習があります。佇まいはシンプルですが根引松も門松の一種です。

門松は長く伸びた竹が目立ちますが、名前の通り主役は「松」です。竹とともに飾られるようになったのは鎌倉時代以降といわれています。

現在よく知られる一般的な門松は江戸城で飾られたものがベースとなっています。かつては松平姓であった徳川家の繁栄を願ってこの形が生まれたとされ、明智光秀の生まれ変わりともいわれる徳川家康の側近、天海僧正(てんかいそうじょう)によって考え出されたという言い伝えがあります。

地方によって異なる門松の飾り付け

門松には主に「そぎ」と「寸胴」2つのタイプが存在します。「そぎ」は竹の先端を斜めに切ったもの。現在の主流となるスタイル。対して「寸胴」は竹の先端を真横に切ったもの。

「そぎ」の門松を最初に作ったのは徳川家康と言われており、その理由は、家康が生涯で唯一の敗北を喫した武田信玄に対して「次は斬るぞ」という念を込めて飾った門松がはじまり。めでたい新年を祝うには物騒なエピソードですが、家康も歳神に信玄へのリベンジを誓ったのかもしれませんね。

門松の飾り付けは地方によって様々で、その土地の特色や風習などがよく反映されています。

初詣の際に神社やお寺などでは目にする機会も多いですが、現在では個人宅で門松を飾るところは旧家などに限定されておりあまり見かけることはありません。そのかわり。寄せ植えの小型の門松を設置する家や、門松とともに「寿」や「新春」といった文字がプリントされたポスターで代用する場合もの多いです。

門松を飾る「松の内」の期間はいつまで?

お正月飾りである門松を飾っている期間を一般的に「松の内(まつのうち)」と呼びます。伝統的な松の内は元旦から1月15日までですが、これも地方によって様々で、関東地方では1月7日までとするのが一般的。松の内が過ぎ、門松を片付けることを、「松下ろし」、「松あがり」、「松納め」などと呼びます。

 

 

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