【2020年】おせち料理で新年を祝おう!

縁起が良い「ん」が付くものを食べて開運

運が良いの「運」(うん)は=「ん」?

冬至には「ん」のつくものを食べて運気を上げるという風習があります。
昔は冬至が一年の基準であったため、新しく始まる年に、「ん」をたくさん取り込んで、縁起の良い一年にしようという願いが込められています。
代表的なものは
かぼちゃ(なんきん)、にんじん、れんこん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)。の七種類。すべてて「ん」の文字が2つ入った食べ物です。
これを冬至の七種(ななくさ)と呼びます。
そのほかにも、大根やこんにゃく、寒天など、「ん」のつく食べ物が好んで食されてきました。

なぜ「ん」がつく食べ物が縁起がいいのでしょうか。
その答えは簡単で「ん=うん(運)」と発音することから、「運気が上がる食べ物」として定着したと考えられています。

ところで、このひらがなの「ん」って、とっても奇妙だと思いませんか?
古代日本語には「ん」という音は無かったと推定されています。
過去の書物の古事記・日本書紀・万葉集のいずれからも「ん」の音を表記する文字は見当たらないのです。
その後、中国から経典などが入って来た時に「ん」という音も入って来たとされます。
「あいうえお」の一番最後にとってつけたように置かれた「ん」

「運」をひらがなで表記すると「うん」となりますが、実際に発音する時は「ん」です。日本語には「ん」で始まる言葉はありませんので、便宜上「うん」と書くのかも知れません。どちらにしましても、「ん」と「運」を語呂合わせで結びつけるのは、日本語では、良くあることです。

この「運」ですが、Wikipediaなどで調べてみますと、「その人の意思や努力では、どうしようもない巡り合わせを指す」とありますが、日本語には頭に「ん」のつく言葉が無いということは、何事も、「運」で始まるものは無いのかと、妙に感じ入ってしまいます。

また「ん」とはうなずくことでもあります。
このうなずくという行動は、世界共通で「肯定する」という意味があるようです。
「そう、それ」とか「納得!」とか、うなずくだけで肯定していることが伝わります。
人の意見に対しても、うなずきながら聞いてあげることで、相手も話しやすくなり話も進みます。聞く側の姿勢としても大事なことです。
この「肯定する」という行動が、自分自身の運を開くのにも大きな役割があるといいます。困難も認めて受け入れることで初めて打開策も生まれて、開けていくこともあるのだということです。

「運」は=「ん」。肯定すること。
人の意識というものは不思議なもので、否定していても明るく未来が開けてはこないのです。「ん」と肯定することで「ん、解った!」となり、「運」が開けていくということではないでしょうか。

「運」という字は、「運ぶ」という意味もあります。
「その人の意思や努力では、どうしようもない巡り合わせ」を「運」ということなのであれば、どこかに「運ばれてしまう」ものに乗っているということなのでしょうか?
そして、その行き先や道順は自分では変えられないというものが「運」ということなのでしょうか。
だから、人は少しでも良くなりますように、良いところにたどり着きますようにと、開運を願うのかも知れません。
そして、どうもこの「運」という乗り物は、ずーっと一生同じではなく、自分で選択した時などにいつのまにか乗り換えているように思います。
その都度、新しい「運」に乗り換えて「運」を知らないうちに変えていて、それが「強運」とか「運が良かった」とかいうのは、良い結果にたどり着いたということなのではないでしょうか。
毎日の生活の中で、実は私たちはいくつもの「選択」をしています。
いつもはまっすぐ行くけど、今日は右に曲がって行ってみようかとか、今日は
何を食べようとかも、選択です。この何気ない選択も、いつのまにか「運」を乗り換える事だったりして、違う道を通れば、違う景色に出合ったり、思いがけない人と出会ったりしても運が変わったりするようです。
大きな成功を掴んだりした人の話を聞くと、自分を成功へ導いたターニングポイントとも呼べる「選択」があったりします。いつもはしないけど、あの日は…とか、何気ない行動で大きく「運」を変えて成功に導かれたという話はよくあるものです。

「ん」の付くものを食べてから、いつもと違うことをしてみるというのも、開運につながるのかもしれません。

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